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九九式艦上爆撃機

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初の爆撃機はやっぱこれ。九九艦爆。

愛知 九九式艦上爆撃機(あいち きゅうきゅうしきかんじょうばくげきき)は、昭和11年(1936年)「十一試艦上爆撃機」として試作が始まり、愛知航空機(1943年愛知時計電機から独立)が受注・生産を行い、太平洋戦争初期に活躍した、日本海軍の艦上急降下爆撃機。通称「九九式艦爆」、もしくは「九九艦爆」。記号はD3A。アメリカ側コードネームはVal(ヴァル)。

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公式からユーザースキンをダウンロードしてこのカラーリング。
帝国海軍のエース江草隆繁少佐モデル。

江草 隆繁(えくさ たかしげ、1909年(明治42年)9月4日 - 1944年(昭和19年)6月15日)は、日本の海軍軍人。海兵58期。五二一空陸上爆撃機搭乗員として参加したあ号作戦で戦死した。最終階級は海軍大佐。
12月8日、真珠湾攻撃に参加。太平洋戦争開戦。 江草は、嶋崎重和少佐を総指揮官とする第二次攻撃隊の急降下爆撃隊78機を指揮。嶋崎少佐直率の水平爆撃隊54機、進藤三郎大尉率いる制空隊35機とともに、第一次攻撃隊の機影が姿を消した直後の真珠湾上空に姿を現す。あたりは敵の高角砲弾が撃ち上げる弾幕でかすんでいたが、濃緑色の地に虎の縞模様の入った江草指揮機は大胆にも4000mという危険な高さから、弾幕を突き切って大編隊のまま湾上空を大きく旋回し一巡。これは第1次の戦果確認と第2次の攻撃目標を見極めるための冷静沈着な行動だった。

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