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海岸沿いを南下

仙台から海岸沿いの道路を南下してみました。
今、どこまで行けるんだろう?と思ったので。

結果、ここまで。



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福島第一原発から50kmでSTOP。
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| 大震災 | 22:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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仮設住宅

仮設住宅を見る機会がありました。

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一世帯での入居の場合、2DKが一番広い間取りぽい。
(6畳程度の台所、5畳程度の部屋*2、トイレ、風呂、洗濯場、2段の押入れ*1)

備え付けのアイテムは以下。
1.TV
2.洗濯機
3.冷蔵庫
4.オーブンレンジ
5.炊飯器
6.電気ポット
7.ガスコンロ(2つ口、グリル付き)
8.布団(人数分)
9.電話機
10.エアコン*1

家電は全て日立だったかな。
買い物に行けない人のために、週に2~3回、コンビニの移動販売があるらしい。
そういうの、必要ですよね。

| 大震災 | 20:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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震災レポ

週末に茶屋四郎と宮城県南部の海を見てきました。


大きな地図で見る

DSC00680.jpg

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この2枚目の写真ですが、左側が海。
で、砂浜と川の間には防波堤が地平線の彼方まであったのが全滅。
その川は以前、道路でした。完全に地形が変わってる。

そういや至る所で桜が満開で綺麗でした。

| 大震災 | 22:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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震災から一ヶ月その2

仙台港~七ヶ浜町


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<仙台港>

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<七ヶ浜町>

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| 大震災 | 22:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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震災から一ヶ月

あの大震災からちょうど一ヶ月経ちました。
被災地は今どのような状況なのか?車を走らせてみました。

場所は大体この辺。
地図左側にある県道10号線を仙台市のお隣、名取市辺りから南下したのですがところどころ通行止めのため
何度か迂回したところ何とか海まで行ける道路を発見。
車が傷だらけになったり何度も自衛隊に道を譲りながら無理やり突入。


大きな地図で見る

・高さ4m、幅6mの防波堤が・・・
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・ボロボロです・・・
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・ここなんか、防波堤が無くなっています・・・
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・浜沿いの道路(震災後)・・・これでも大分整備したんでしょう。それでもまだこの先は行き止まりでした。
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・浜沿いの道路(震災前)
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写真はありませんが、家が横に建ってたり、車が3段に積み重なっていたり、
探し物をしている家族がいたり、まだまだ痛ましい状況をこの目で見てきました。

| 大震災 | 19:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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震災3週間

やっと地元に行ってきました。
家の周りがあちこち通行禁止になっていましたが、消防と交渉して何とか通してもらいました。

<実家の庭> どこからこんなに流れてきたんだ・・・
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<実家の家の中> これまたどこから・・・
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ちなみに、Google Earthで被災地の状況が鮮明に見えます。
Google Earth

| 大震災 | 20:20 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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震災2週間

震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

事務所3Fでデスクワーク中、それは突如やってきました。
一瞬軽く揺れ「ん?地震か?」と思った直後、
ドスンッ!というものすごい音とともに立っていられないくらい揺れはじめました。
迷うことなく、周りの人も含め全員机の下に避難しましたが揺れは治まるばかりか横揺れがとんでもないことに。
机にもぐったのはいいが、揺れが大きすぎて体中をあちこちにぶつけました。
そして辺りから聞こえる悲鳴と何かが崩れ落ちる鈍い音。
何分くらい続いたんだろ、体感では2~3分くらいか?
揺れが治まり周りを見渡すと、、、床一面に散らばった書類、ボロボロに崩れ落ちている壁や天井。
何が起きたのが頭は混乱するばかり。
するとすぐさま、また大きな揺れが。
すかさず机の下にもぐり、また体中をあちこちにぶつけながら必死で祈りました。
あの状況を見た後のこの揺れ。
建物が崩れ落ち、死ぬかもしれないと本気で思いました。
そして揺れが治まった直後、「落ち着いて全員外へ退避だ!」との声を聞き、障害者や女性優先で外へ退避。

外へ退避し、各部署の安否確認を終えたものの周りの状況がつかめないのでまずは各自の車に相乗りで待機。
とりあえず家族に電話するも通じず、ナビのTVはよく映らなかったのでラジオを聴いて待機していました。
すると・・・空港が津波にのまれたとか・・・想像もつかない事ばかりが聞こえてきます。

その間、外は「地面が割れるかと思った」とか「駐車場の車がぴょんぴょん跳ねてた」とか
事務所は「天井のエアコンが落ちてきた」とか「足の踏み場もないくらいいろんなものが散乱してた」とか
みんな「映画とかマンガの世界だったよ」とか話してたと思う。

そして17:00頃、とりあえず解散という事になり、1人車で帰路につきました。
その時点で海岸沿いの道路は通行止めになっており、山沿いの道を通ったのですがものすごい渋滞。
その間もいろいろなところに電話したりMailしたけどどうにも繋がらない。
唯一、父から「大丈夫か?」とのMailを一通受信できただけ。
道はボコボコだし、橋の付け根は外れかかっているのか段差がすごいし、ラジオではうちの近所の海で200~300人の水死体があがったと聞こえてくるし、もう何がなんだか。。。
そして自宅に着いたのは23:00頃、電気もつかないから懐中電灯で悲惨な状態の部屋を確認し、とりあえずその日は毛布に包まり眠れない夜に。

家族全員の安否が確認できたのは3日後。
それと同時に実家は津波にのまれたという事実も。

水道は生きてたし、カセットコンロはあったし、電気は2日目の夜に復帰したのでかろうじて空腹からは逃れられましたが
震災後3日間は本当に食料の調達が極まりなく困難で、というか店がどこも開かなくて、残っている米や味噌、インスタント食品なんかを節約しながら食べても1週間が限界。
その後も毎日一日中、自転車で空いてる店探したり、店が空いてたら2~3時間ならんで少しの食料を入手したりの日々だったなあ。
さんざん並ばされて缶ジュース2本しか買えない時もありました。
そして翌日近所のスーパーが開店との情報を入手し、開店2時間前に行くとすでに500人ほどの列が。

2週間経過した現在の状況は、ガスがまだ復帰しません。JRが死んでます。(近所の駅にずーっと列車が放置されてます)
ガソリンの入手が困難なので車があまり走っていません。
ガソリン、灯油なんかは未だに長蛇の列です。
(食品関係は少し落ち着いたか?)

震災前と同じ生活を送ることはもう出来ませんが、これから出来ることを地道にやっていくしかないです。

| 大震災 | 13:00 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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